産業界がNAFTA維持のロビイング活動を強化-政権擁護の労組側との対立が鮮明に-

(米国、カナダ、メキシコ)

ニューヨーク発

2017年11月08日

北米自由貿易協定(NAFTA)の第4回再交渉会合に前後して、米国政府の提案内容が明らかになってきた。提案には5年ごとに協定の継続を判断する「サンセット条項」の導入や自動車の原産地規則の厳格化など米国産業界が反対してきた内容が多く盛り込まれており、産業界は現行NAFTAの維持を求めるロビイング活動を強化している。一方、労働組合団体はトランプ政権を擁護している。政権と労組が手を組み、産業界と対立する構造が鮮明化しつつある。

政権の提案内容を批判する産業界

10月17日に終了したNAFTA再交渉の第4回会合では全ての交渉分野で交渉テキストが示されたが、それに前後して、米国政府の具体的な提案内容が明らかになった。米国政府は、(1)5年ごとに協定の継続を判断する「サンセット条項」の導入、(2)自動車の原産地規則の厳格化、(3)投資家対国家の紛争解決手続き(ISDS)に係る選択制の導入、(4)政府調達市場の開放基準の変更、などを提案したもようだ(2017年11月1日記事参照)。

産業界は政権の交渉方針を批判し、現行のNAFTAで企業が享受している利益を保護するよう政権や議会に求める広報活動を強化している。

米国商工会議所は「政権は自らが誓った『害をなすな(Do no harm)』の原則に反する提案をしている」「これらの提案は交渉ひいてはNAFTA自体を危険にさらし、われわれは輸出先上位2カ国(カナダ、メキシコ)への市場アクセスを失う危険性がある」として、NAFTA維持に向けた議員への働き掛けを求める広報活動を行っている(注1)。米国商工会議所は10月24日に、自動車や小売りなどの業界団体を主導し、上院に対して共同でロビイングを実施した。報道によると、同日だけで130以上の業界団体の代表が上院議員と面談し、NAFTAの維持を訴えた(下院に対しても同様のロビイングを10月11日に実施)。

米国商工会議所は当初、トランプ政権がNAFTAの現代化を進めるとしたことを歓迎し、再交渉を支持してきた。同会議所のトーマス・ドナヒュー会頭は「われわれは協定を現代化する交渉が生産的なスタートを切ったことに、慎重ながらも楽観的だった」と述べている。しかし、現在は「警鐘を鳴らすことを余儀なくされている」とし、ロビイングの重点を現行NAFTAの維持に移したことを明らかにした。ドナヒュー会頭は、米国政府の提案事項を「毒薬(poison pills)」と呼び、「これらの提案は不必要であり、受け入れることはできない」と述べている(注2)。

ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は「現行のNAFTA協定は企業に良い協定であり、メキシコへの投資を促していること」が今回の再交渉のまさにポイントだとし、「産業界のメリットを多少取り上げても、彼らに『ビジネスは好調だ』と言わせることができる」と述べた。企業活動にとって一部マイナスになる方向でNAFTAを改定する可能性を示唆している(「フォックス・ビジネス」電子版10月17日)。また、「ニューヨーク・タイムズ」紙(電子版10月24日)は「共和党の大統領は通常、産業界とのつながりが強い」として、トランプ政権が特異な立ち位置にいるとの見方を示している。

自動車業界もNAFTA維持に向けて連携

自動車業界もNAFTA維持に向けた連合「Driving American Jobs」を結成し、大統領や州知事に働き掛けを行うようウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで促している。同連合には、日系自動車メーカーなども加盟する米国自動車工業会(AAM)や米自動車大手3社(ビッグスリー、注3)が組織する自動車政策会議(AAPC)、外資系自動車メーカーが多く加盟する世界自動車メーカー協会、米国自動車部品工業会(MEMA)、米国国際自動車ディーラー協会(AIADA)が参加している。ブルームバーグ(10月24日)によると、同連合はNAFTA維持の広報キャンペーンに4週間で50万ドル以上を投じる見込みとなっている。NBCニュース(電子版10月31日)は、「NAFTAに関して自動車産業がトランプ政権に宣戦布告を行った」と報じている。

米国政府は自動車の原産地規則について、乗用車と軽トラックに適用されている現行62.5%の原産地比率を85%まで引き上げ、そのうち最低50%は米国製品とすることなどを提案している(ロイター10月20日)。ウィルバー・ロス商務長官は「自動車メーカーは原産地比率の引き上げに対応できる」(通商専門誌「インサイドUSトレード」10月11日)との認識を示しているが、メーカー側は反発している。AAPCのマット・ブラント会長は「原産地規則の厳格化は、企業が自動車生産を米国外に移し、(そこで造った車を)関税を支払った上で米国に輸入することを助長する」と主張している(「ニューヨーク・タイムズ」紙電子版10月24日)。

なお、トランプ政権は鉄鋼をトレーシングリスト(注4)に追加することを提案しているとみられるが、同提案を支持してきた鉄鋼業界団体による新たな動きはみられない。

労働組合は政権支持に回る

全米最大の労組団体である米国労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)のリチャード・トラムカ会長は「米国政府の提案の中には良いものがある」「われわれは過剰な自信は持っていないが、期待を寄せている」と述べ、トランプ政権を擁護する姿勢を示している(「フォックス・ビジネス」電子版10月25日)。トラムカ会長はまた、米国商工会議所によるロビイング活動について、「貿易に関する創造的な解決策を議論することさえ否定的な態度は、企業経営者が現状のNAFTAからどれだけ多くの利益を得ているかを示している」と批判している(議会専門誌「ザ・ヒル」10月6日)。

労組団体は伝統的に民主党を支持してきた。AFL-CIOのセレステ・ドレイク氏(貿易・グローバリゼーション政策スペシャリスト)は「ほとんどの労働者が全般的に信頼を寄せるような政権ではない」としつつも、「新しいNAFTAが労働環境の改善につながるのであれば、労働組合は支持するだろう」との見解を示している(「フォック・ビジネス」電子版10月25日)。

(注1)米国商工会議所ウェブサイト記事(10月16日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますより。

(注2)発言内容は10月1日のメキシコ商工会議所での講演PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)

(注3)ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、フィアットクライスラー・オートモービルズ(FCA)の3社。

(注4)NAFTAの完成車(大型バス・トラックを除く)における域内比率の算定においては、「トレーシングルール」と呼ばれる特別なルールが用いられている。トレーシングルールの下では、定められた関税番号リスト(Annex403.1)に該当する品目(トレーシング対象品目)が域外から輸入されている場合にのみ、当該品目の輸入時点までさかのぼって「非原産材料価額」に含めることが求められる。Annex403.1に該当しない品目については、たとえ域外から輸入したとしても「非原産材料」扱いにはならない。トレーシング対象品目に鉄鋼製品が追加される場合の影響については、2017年7月18日記事参照。

(鈴木敦)

(米国、カナダ、メキシコ)

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